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翻訳をめぐる批評

(以下引用)
先月初め、2人の翻訳家が個々に翻訳を手掛けたヘミングウェイの『日はまた昇る』が新聞社に届いた。キム・ウクトン氏が翻訳したミンウム社の本と、イ・ハ ンジュン氏が翻訳したハンギョレ出版の本だ。米国の小説家ヘミングウェイ(1899-1961)の死去から50年がたち、著作権の保護期間が終了する今年 は、出版社にとっては著作権料を支払うことなく翻訳本を出すことができる絶好の機会だ。『日はまた昇る』だけでなく、『武器よさらば』や『誰(た)がため に鐘は鳴る』も、近いうちに複数の出版社から翻訳本が出る見通しだという。しかし、読者にとっては「誰が翻訳した本を選ぶべきか」という悩みが生じるだろ う。

『日はまた昇る』の原題は『The Sun Also Rises』だが、2冊の本は韓国語題が異なっている。また、第1章を読むと、固有名詞の表記に違いが見られる。フランス北東部の中小都市「Saint odile」を、キム・ウクトン氏の翻訳本では「サン・トディール」と表記したのに対して、イ・ハンジュン氏の翻訳本では「サン・オディール」と表記して いる。フランスの作家サン・テグジュペリ(Saint Exupery)を「サン・エグジュペリ」と表記しないのと同じように、「Saint odile」の韓国語表記も「サン・トディール」が正しい。だが、このささいなミスをもって「イ・ハンジュン氏の翻訳本は品質が低い」と拡大解釈してよい ものだろうか。

最近、翻訳をめぐって論議を呼んだ本としては、2カ月で50万部が売れたスティーブ・ジョブズ氏(米国アップル社の共同設立者)の伝記がある。イ・ジン ファン氏が翻訳した韓国語版について、翻訳家のイ・ドクハ氏は「誤訳だらけだ」と激しく批判した。だが、その大部分はストーリーの流れではなく、字句の解 釈に関するものだった。その後、翻訳家のノ・スンヨン氏が加勢し「良い翻訳」とは何かという論争に発展した。簡潔にまとめると、直訳か意訳か、翻訳業界の 用語でいえば「忠実性」か「可読性」かという論争だ。原文に最大限近い形で翻訳するのか、あるいは読者が最大限に読みやすい形で翻訳するのかという違い だ。

ヘミングウェイの小説と、ジョブズ氏の伝記の例からも分かるように、今や韓国でも、翻訳をめぐる批評については、より発展的な討論が必要になってきてい る。韓国社会の知的な力量が増大し、研究者でなくても原典を読むことができる読者が急増した。その上、インターネットの普及により、ネットユーザーによる 翻訳チェックも盛んに行われるようになった。だとすれば、今や翻訳をめぐる批評も、細かいミスを針小棒大に取り上げる、魔女狩りのような次元を超え、原文 に込められた原作者の思いをどれだけ消化し訳するかということに焦点を当てるべきだろう。「翻訳学博士」の学位を有する翻訳家のチョン・ヘヨン氏は、最近 出版した著書『翻訳論争』(開かれた本社)で「翻訳をめぐる批評は、批評者と翻訳者のどちらがより多くの知識を有しているかという競争を繰り広げて知的虚 栄の欲求を満たす場ではない」と指摘した。

『日はまた昇る』でヘミングウェイが表現しようとした思いは、第1次世界大戦後に道を失った若者たちに対する文学的な共感であり、応援だった。翻訳のミ スに対する指摘は当然必要だが、もっと必要なのは、原作者の思いを真の意味で具現することだ。真の翻訳批評は、こうした観点から始めるべきだろう。

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